Changed on April 11th, 1999.

BLUE RECORD#031('98.5.1 RELEASE)
We are really missing you...
These letter are from my friends who loves your music.
REMEMBER…
「コージー・パウエルが死んだ」ゆうベそう間かされた。一瞬言葉が出なかった。冗談だろう、そんな事あり得ない、そう思った。いや、そう思いたかった。思えば、私の青春時代、コージーの存在はとんでもなく大きなものだった。ギターに手を染める前はドラムをやっていたのだが、そもそものきっかけはコージー・パウエルだった。レインボーやMSGなどのハード・ロックに夢中になったのも、コージーのドラミングに憧れた部分が大きかったからだと、今にして思う。当時ミュージックライフ誌で、年一回読者の人気投票があった。各パートごとに好きなミュージシャンを書いて送るというものだが、毎年ドラマーの欄にだけは何の迷いもなくコージーの名前を書いたものだ。当時はクイーンのメンバーの人気が凄く、ドラマーの部門ではいつもクイーンのロデャー・テイラーが1位、コージーが2位という結果だった。一度コージーが1位になったことがあり、自分の事のように嬉しかったのを覚えている。
コージーのドラミングの何が凄いのか、私のような若輩者が述べるまでもないが、やはりここで書かないわけにはいかないと思う。彼はライブで火薬やマグネシウムをふんだんに使った派手なドラムソロをすることで知られるが、プレイそのものはそんなに派手なものではなかった。むしろ堅実なプレイが彼の身上であったが、彼のドラミングからは、彼の生き様や心の奥深くに眠る情念のほとばしりが感じられた。いわゆる巧いドラマー、技が多彩なドラマーは星の数ほどいるが、コージーのようなドラムを叩く男を私は他に知らない。しいて言えばジョン・ボーナム(LED
ZEPPELIN)くらいのものだろうか。
彼はまた、数多くのバンドを渡り歩いたことでも知られる。彼の本格的なキャリアは、ジェフ・ベック・クループへの参加から始まったと言っていいと思うが、その後、レインボー、MSG、ホワイトスネイク、EL&P、ブラック・サバス、最近ではイングヴェイ・マイムスティーンとの活動で話題を振りまいた。
ジェフ・ベックとの活動がスタートであったと書いたが、奇しくもコージーはジェフ・ベックと外見も性格もよく似ている。頬の肉がそげ落ちた一匹狼的な風貌、自分が納得いかない仕事は絶対しないというストイックな信念。彼はまぎれもなく大英帝国ロック界屈指の職人であった。
今となっては本当に幸いなことに、私はコージーのドラミングを一度この目で見ている。忘れもしない、1984年。大阪南港。『スーパー・ロック
'84』というフェスティバルであった。ホワイトスネイクの一員としてのコージーが、そこにいた。まだ16才だった私は、憧れのコージーが目の前のステージにいるという事に痺れを覚え、体が震えた。ドラムソロなんかどうでもよかった。シェンカーでもなく、スコーピオンズでもなく、コージーを観たんだという満足感で、16才の私は紛れもなくトリップしていた。
この原稿を書いている今、私の部屋では「Kill The King」が大音響で流れている。高校時代、飽きるほど聴いた曲だ。ドラムスはもちろんコージー・パウエル。ハードロック史上に残る名曲であり、私に言わせればコージーの代表曲でもある。この曲に合わせて、空き箱や鍋のフタを叩いていた頃の事を思い出す。コージーのようになりたい、いつもそう思っていた。ギターを弾きはじめても、その思いは変わらなかった。私の永遠のアイドル、コージー・パウエル。あなたはいつだって最高にカッコよかった。ドラムを愛し、レースを愛した男、コージー・パウエル。あなたのことは、ハードロックを愛した者なら、決して忘れることはないだろう。あのツーバスの響きとともに…。
TEXT/PIRO
PICS/A PolyGram Company POLYDOR K.K.

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