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BLUE RECORD#048('99.10.1 RELEASE)

 別にピアノ中心にロックを聞いてきたのではないけど、今までの音楽体験を振り返ると、節目節目に大事なピアノマンが現われて、ピアノへの思いが呼びさまされるのだ。今では自他ともに認めるロック馬鹿だけど、もともと音楽を聞きはじめたのはクラシックのピアノ音楽がきっかけだった。ロックの王様がギターなら、ピアノは音楽全体の王様。寂しさ、優しさ、孤独、焦燥、軋轢、衝動。あらゆる感情が万華鏡のように、この一台の楽器に渦巻いている。

 今年に入ってから僕は、先月号の本紙でも紹介されたリクオというミュージシャンに出会った。彼の奏でる美しいピアノとヒューマンな歌声は、まるで身体のこわばりがふっと軽くなるような大きな包容力と優しさに満ちたものである。こうして僕は魔法のようにリクオの魅力に吸い寄せられ、ニッキー・ホプキンス以来数年ぶりに、ピアノへの熱い思いを復活させることになった。彼の久々の作品『Heaven's Blue』は、ピアノ一台だけの弾き語りによる限りなく美しく切ないアルバム。しかし、自らの腕一本で全国のライブハウスを渡り歩くリクオは、一匹狼にも似た強靭さも持ちあわせている強かなミュージシャンでもある。ピアノマンとしての10年間のキャリアを集大成した『Heaven's Blue』は、ぜひ多くの人に聞いてもらいたい。ロックが大量消費社会の代名詞となってしまった現在においても、心の深い部分に訴えかけることをやめない気品あるアルバムだから。

 そんな彼の主催するイベント『Tokyo Music Salon』が、8月26日東京・吉祥寺で開催された。今回は「ピアノマンナイト」と銘打ち、リクオを含め日本を代表する4名のピアノマンが結集した。これはピアノファンにとっては、夏の終わりに届けられた実に素敵なイベントだった。職人気質で個性的な4人のミュージシャンが、プロの技を惜しみなく繰り出し競い合う。ときには美しく絡み合い、ときには激しく衝突しながら、ピアノだけで魔法のような瞬間を演出してゆく。どんな芝居や映画よりもドラマティックで、まさに「ライブ」というにふさわしい驚きと感動にみちた時間が流れてゆく。今年の「ピアノマンナイト」は名古屋・京都とツアーして、今回の東京が千秋楽。レコード会社の意向に左右されがちな現代の日本のロック・シーンにおいて、なかなか陽の目をみないピアノマンという存在に、スポットライトが当てられるまたとない機会でもある。日本の良質な音楽が、いかに彼らに負うところが大きいか実感させられるイベントでもあった。この4人の業績紹介も兼ねて、コンサート・レポートを書いてみよう。

 会場となった吉祥寺のStar Pine's Cafeは、会場にグランド・ピアノが常備されている数少ないライブ・ハウスの一つで、まさに今回のイベントに打ってつけの舞台である。スペースは広くないが、吹き抜けの中2階からもステージを見ることができる、モダンな雰囲気の洒落た店だ。リクオが出てきて開演の挨拶をすると、トップバッターの伊東ミキオが颯爽と飛び出してきた。今回のピアノマン連中では最年少(といっても30代ではある)。ロックンロール・ピアノの申し子のような溌剌としたブギウギ・スタイルの名手だ。彼も売れっ子ミュージシャンで、現在は活動再開したARBに同行して全国をツアーしている。しかし僕にとって伊東ミッキーといえば、三宅伸治&TRAMPのメンバーの一員として活躍するときが最高だ。飛魚のように跳ねるアタックの強いピアノプレイは、三宅伸治のロックンロールとブルーズに絶妙の活気を与えている。7月末に三宅伸治&TRAMPの強烈なパフォーマンスを見たばかりだったので、彼のソロにもいやおうなく期待が高まる。「俺はロックンロール・ピアノしか弾けないぜ!」なんて言いながら、「Just Walkin'」で一曲目から会場はグルーブに包まれた。弾けるピアノと皆の暖かい笑顔。大規模なARBツアーで、大会場にも親しんでいるはずの彼が「緊張してます」と言う。観客数は少なくても、今回のステージではピアノ一台での勝負、そして共演するミュージシャンの実力は、同僚である自分がいちばんよく分かっていたのだろう。そして彼は短くても最高の演奏をみせてくれた。九州からキーボード一台かついで単身上京してきたときの思い出の歌「オンボロ列車」、ファンに人気の高いラブソング「しあわせな唄を」といった曲では、美しい情感こもったプレイと歌声も聞かせてくれて、ブギだけじゃない彼の隠れた一面も見る思いだった。

 そんなミッキーが「抜きたい。でも抜けない。だけどいつか抜いてやるぜ!」という過激な紹介とともに現れたのが、二番手のKYON。'80年代末にボ・ガンボスで一世を風靡した名プレイヤー。ニュー・オーリンズ・スタイルでピアノをロールさせることにかけては、間違いなく日本の第一人者であろう。もちろん僕が最高に敬愛するアーティストの一人であり、彼のプレイを聞くといつも本当に幸せな気分になれる。特に去年カントリー・ロックのイベントで彼の演奏を聞いてからは、しばらく追っかけ状態に陥ったものだ。ゆっくりとグランドピアノに腰を下ろし、おもむろに弾きはじめたのが何と「鉄腕アトム」のテーマ。それもブギにしてみたり、いきなりマイナー調に変えてみたり。変幻自在なKYONワールドが観客を幻惑していった。KYONのプレイはまさに大人の演奏。音楽を慈しみ楽しむことをいつも知っていて、遊び心を決して忘れない。歌は本業じゃないから決して上手くはないが、独特の朴訥とした声が僕たちを浮遊させるような快感。跳ねるブギの後にはソロアルバムから「12色の涙」。素朴な歌声と美しいピアノが切々と心に訴えかける。観客を感動させたところで、自身も出演したフジ・ロック・フェスティヴァルのトークをはさみ、電撃ネットワークの下世話な話で笑いを誘う。そしてまたまた感動的なバラード「Music」。彼の背後には音楽の神様がついているのだろうか。ピアノの美しさに酔いしれたくなる瞬間。そして打ち込みを取り入れたロック・ナンバー「Spontaneous Zelig」のあと、三番手の西本 明を呼んで二人で小笠原民謡をアレンジした「丸木舟」を演奏。まったくKYONは、あらゆるところから音の楽しみを見つけてしまう。もしかすると、それが音楽というものなのかも知れない。

 西本 明は、KYONも在籍するHobo King Bandというバンドのメンバーである。このバンドは佐野元春のバックを務めていて、確か今は全国ツアーの真最中のはずだ。佐野元春とはハートランド時代から10年以上行動をともにするいわば盟友。彼もまた日本ロックに欠かせない名アレンジャー兼プロデューサーでもあり、故 尾崎豊の作品は西本 明の協力なしにありえなかったということを、どれくらいの人が知っているだろうか。のそりとステージに現れた“センパイ”西本は、相当のはにかみ屋なのかグランドピアノに座ると、観客から背を向けてしまう。その姿を見てすかさず突っ込むKYON。それでもKYONとデュエットしたトム・ウエイツの「Old 55」では、渋い喉とプレイを聞かせてくれた。そのステージを見ていて思ったのは、彼は「ピアノマン」というより、いちばん正統派「ピアニスト」というにふさわしい存在だということだ。演奏曲はインストゥルメンタルが多かったが、ロマン派のクラシック音楽のような凛とした佇まいをみせる佳曲揃いだった。「エリックの午後」や「チェリストの亡命」なんて、まったく詩人のようなイマジネーションを喚起させるタイトルだし、ぜひ作品集としてCD化してもらいたくなった。この繊細で叙情的なニュアンスは、家でもじっくりと味わってみたいものだ。

 そしてセンパイ西本をして「とても尊敬する詩人でありソングライター」と言わしめた、今回の仕掛人リクオの登場。二人でセッションしたのはジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」日本語バージョン、僕が耳にしたのはそれが2度目であった。リクオはとても日本語を大切にするミュージシャンでもある。そして、今までピアノがもたらす心地よい時間に浮遊してきた我々を、びしっと締め直したのもまたリクオだった。ステージでの演奏、トーク、アクション、どれをとってもさすがに決まる。一曲目の「マウンテンバイク」では観客に掛け声を入れさせたり。何度聞いても実にステージ映えする曲だ。時には「カサブランカ」のような昔のハリウッド映画を彷彿させる豪華さ、スゥイング・ジャズを思わせるような洒脱さ、そして現代のブレイク・ビーツやテクノサウンドのようなモダンな潮流にも敏感で、万華鏡のようにカラフルなポップ・ワールドを出現させる。彼がソロと並行して結成しているピアノ・トリオ“ザ・ヘルツ”の曲も、ピアノソロとして聞くとまた違った味わいがあり、ファンは二度楽しめるという仕掛だ。そのヘルツの「ボディ・ビーツ」、陽水のカバー「氷の世界」では、本当にピアニストとして一流のテクニックを披露してくれた。彼はクラシックをプレイしてもジャズをプレイしても、きっと一流のプレイヤーとして生きていけるはずだ。でも「ピアノマン」として「音楽のこちら側」にとどまり続けてくれるなんて、僕たちは何と感謝すればいいんだろう。ファンに人気の高い「すべてを忘れない」では、メロドラマを見るような情景が目の前に浮かんできた。でも僕がこの日いちばん感動したのは、はじめて耳にした「New Paradise」という新曲だった。

 聞いたことのない人に、この曲の魅力を説明するのは難しい。大曲であるが一見してコミック仕立てで、リクオの熱演にときどき笑い声も飛ぶ。流麗な前半部から、中間部ではアルチュール・ランボー、ラングストン・ヒューズ、寺山修司といった詩人の警句が一節ずつ朗読される。そのラインナップは驚くほどの多彩さで、時には中島らもや宅 八郎から、「何をやってもいいけど人様には迷惑かけたらあかん」というリクオの「おかん」の一言まで飛び出す。会場が笑いに湧いたその一瞬、僕は不覚にもぐっと目頭が熱くなったのだった。ステージ上のリクオは唾を飛ばしながらの熱演。この曲には過去から現在にいたるリクオの人生すべてがつめこまれている。笑いの裏にひそむ、一人の人間の鬼気せまる生き様。直接本人に聞いたわけでないから分からないが、たぶんリクオはこの曲を自分自身の集大成として作ったのではないだろうか。後半部には、皆にもおなじみ「Lovin' You」へと曲が展開し、「シャラララ〜」というフレーズ部分では「高すぎて声が出ない」と言って皆に歌わせる(笑)。まさに笑いと涙の演奏。そしてラストは『Heaven's Blue』の冒頭を飾る名曲「ケサラ」。リクオに一聴惚れした思い出の一曲。「何年演奏しても飽きない」という本人の言葉通り、名曲は聞くたびに新しい発見があり、新しい感動を呼び起こしてくれる。彼のピアノで聞くのは5回目だったが、また新しく彼に惚れ直した演奏ぶりであった。

 アンコールは、お待ちかねの4名のピアノマンによる豪華セッション。グランドピアノにキーボード3台が並べられると、なかなかの壮観だ。本当ならば、グランドピアノ4台が腰を据えるような大会場で開催されるイベントに成長してほしいというのが、僕の本音ではある。しかし4台のピアノが絡み合い衝突し沸騰するセッションは、どんな大音量バンドに負けない圧巻ぶりで、まさに夏の終わりにふさわしいお祭り騒ぎである。西本 明がリードをとるビートルズの「愛こそはすべて」。そして、もう何回聞いただろう。でも聴くたびにKYONの楽しそうな笑顔と歌声にハッピーになってしまう、ボ・ガンボス時代からの定番ニック・ロウ「Cruel To Be Kind」。続くはロックンロール・ピアノマンにふさわしく、伊東ミキオのビリー・プレストン「Nothing from Nothing」。最後はリクオ。自身の「ミラクルマン」で、4人が腕によりをかけてピアノを転がしまくる。

今こそ舞台に飛び乗ろう バカげた奴だと笑われよう

大人しいふりはしていても やるときゃやるのさミラクルマン

 まさに4人のミラクルマンがステージに飛び乗った瞬間を目撃した。

 3時間を超えてもまだ終わらないこのイベント。最後の最後にもう一度出てきたミラクルマンたちは、とうとうボ・ガンボスの名曲、僕の大好きな「魚ごっこ」を演奏してくれた。KYONの弾くイントロ・フレーズは、短くとも日本ロックに残る名演だと信じてるのは僕だけかな。ライブならでは、セッションならではの、ヒラめきとキラめきに満ちた楽しい時間。「魚になってお水に住んでいい気持ち…」「魚なんだから名前ありまへん」。すかさず「そらそうやろ」とまぜかえすリクオ。突然エンディングで、一人ずつプレイを回して終わろうと身振りで提案するKYON。なかなか上手くいかない。実を言えば、ずっと失敗してずっと終わるな、などと内心思っていたのは僕だけじゃないかも知れない。そして、ディランやザ・バンドでおなじみの「I Shall Be Released」の日本語バージョンで終了。これは先日死去した西岡恭蔵へのオマージュであったのかもしれない。

 長かったコンサートが終わりを迎えて、隣の席にいた知人が「ピアノはずるい楽器だよな」と呟いたのがひどく印象的だった。ずっと楽しみにしていたイベントが終了すると、暑い日はしばらく続いたけれど、急に秋の訪れを感じるようになった。でも「ピアノマンナイトはまだ始まったばかりだ」という嬉しい言葉もあった。驚きと感動とハピネスが目一杯につめこまれた3時間半。このイベントは出演者と少数のスタッフにより、ほとんど手作りで行われた貴重なコンサートであったことを、最後に付け加えておかなければいけない。彼らの情熱と苦労のおかげで、今回のライブは成功したのだと思う。メジャーとして通用する音楽は、レコード会社の周到な宣伝によって、僕たちの耳に容易に飛び込んでくる。でも、これら日本の音楽の屋台骨を支える優れたミュージシャンの存在を忘れてはいけない。そういうミュージシャンを応援し、草の根から盛り上げていくのも、ファンが主体的に音楽に参加できる喜びだと思う。これからも大きく成長していってほしい素敵なイベントだった。

TEXT/Tadashi Wada(fwhy1933@mb.infoweb.ne.jp)


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