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BLUE RECORD#050('99.12.1 RELEASE)
ブルース・リー特集 第1弾!『ブルース・リーの閃光』
ブルース・リーは何度でも蘇える。
17才で単身アメリカへ渡ってからの挫折と成功、人種的な偏見と国際結婚、まさにこれからという絶頂期での突然死、麻薬と愛人をめぐるスキャンダル、さらにはその死から20年後に起きた息子の事故死にいたるまで、ブルース・リーの生涯は神話化され、伝説として語り継がれるためのあらゆる要素を備えていた。彼の死をめぐっては様々な憶測やデマが乱れ飛び、毒殺説に腹上死説、ニンジャが殺したという突飛なものから世捨て人となった彼が今なお山中で生きているという話まである。しかも初のメジャー主演『燃えよドラゴン』で香港から世界に躍り出し、鋼のような肉体に気合いをみなぎらせ、電光石火の蹴りやヌンチャクで観客を圧倒したとき、彼はすでにこの世の人ではなかった。つまり世界の多くの人々にとってブルース・リーは最初から「夭逝した天才アクション俳優」であり、その後たて続けに公開された彼のゴールデン・ハーベスト時代の主演作は、あらかじめ伝説と死の物語に縁取られていたのだ。
『ドラゴン危機一髪(THE BIG BOSS)』
ブルース・リーが香港の映画会社ゴールデン・ハーベストと契約し制作された、本格的な主演第1作。
事情は日本でも同じだった。というより、アジアではすでに最大のスターであり、欧米を含めた多くの国でも、ブルース・リーの名は多少は知られ、その主演作も公開されていたのに対して、日本ではまったくの無名だった。TVシリーズ「グリーン・ホーネット」が日テレ系で放映されてはいても、カトーという日本人役を演じた役者の名前などだれも気にはとめなかったのだ。香港映画、カンフー映画が市場にあふれている現在からはちょっと考えられないことだが、彼が死んだときも日本ではニュースにすらならなかったのだ。これはアジア地域ではむしろ特殊なケースだ。中国語圏に限らず東南アジアでの彼の人気は絶大で、その死は連日マスコミに取り上げられた。しかも東アジアではどこでも「李小龍」という名で通っており、英語式にブルース・リーと呼ぶのも日本くらいのものだろう。こうした扱いの違いは、日本という国がアジアでどういう位置を占めてきたかを象徴している。彼の死後、アメリカ経由で"逆輸入"のように『燃えよドラゴン』が日本公開されたときも、配給会社では広東語版ではなく英語版にこだわったらしい。
ハリウッドで挫折を経験したブルース・リーは、香港のゴールデン・ハーベストという小さな映画会社と出演契約を結ぶ。そこで製作されたのが本格的な主演第1作となる『ドラゴン危機一髪』だが、これは日本では第4作『燃えよドラゴン』の大ヒット後に公開されている。原題の「唐山大兄(The Big Boss)」にはないドラゴンという言葉がついているのはそのためだ。ブルース・リーが演じるチェンは、タイの従弟のところにやって来たばかりのうぶな田舎青年だ。チェンはケンカをしないという誓いを立てており、その証しとして母のロケットを首にかけている。彼は従兄弟たちと製氷工場で働き始めるが、職長たちにこき使われ、殴られてもぐっと耐え忍ぶ。ロケットは孫悟空の頭にはめられた環と同じで、チェンは自分ではそれをはずすことができないのだ。ところが悪玉のひとりがそれを引きちぎったため、彼は鎖から解き放たれた猛獣のように牙をむき、相手に襲いかかる。製氷工場では麻薬を氷に埋めて隠す工作が行われていて、それに気づいたり、疑念を抱いた従業員は次々に消されていた。その悪事を知ったチェンは怒りを爆発させる。
先に『燃えよドラゴン』を見てしまうと、この第1作はカメラワークや音楽の使い方もヤボったく、ロケ地も低予算が丸見えだ。また、やたらとトランポリンが使われるアクションの質やスタイルは、お世辞にも洗練されているとは言い難い。殴り飛ばされて壁板が破れると、その跡が人型にくり抜かれているのも、どうやらギャグではなさそうだ。けれどもそこには、かつての日活アクションを思わせるような素朴な娯楽性がある。いかにも大衆受けする勧善懲悪の筋立てもわかりやすいし、身近な生活の場所を舞台にアクションやコメディ、淡い恋心などが折りこまれ、ヒーローが素手で悪玉を叩きのめす。この映画が発展途上の心情や抑圧された下層意識をとらえて熱狂させたのは、安っぽさの中にもそうした素朴な親しみやすさがあったからだと思う。そして仲間を皆殺しにされ、思いを寄せるチャオ・メイもさらわれたチェンが、水辺にひとりたたずむ場面はひときわ印象深い。どんなに強く、また明るく振る舞っても常につきまとう暗い影が、ブルース・リーの魅力でもあるのだ。
『ドラゴン怒りの鉄拳(FIST OF FURY)』
日本で3番目に公開されたブルース・リー作品。一大ブームを巻き起こしたヌンチャク・アクションが初披露された。
ブルース・リーが演じるチェンは求道者でも全能のヒーローでもなく、職長に抜擢されると調子に乗ったり、酒に酔って女に誘惑されたり、まんまと悪玉にあしらわれて仲間の信頼を失ったりもする。そうした役柄には、アクション俳優としての一面だけが強調されがちなブルース・リーの、コメディアンとしてのすぐれた資質がよく現れていたと思う。ちなみに酔って眠ったままのチェンに裸の娼婦がからみつくシーンは、ブルース・リーが残した唯一のベッドシーンとなった。
この第1作の公開と前後して早くも次作の撮影が始まる。日本では3番目に公開された『ドラゴン怒りの鉄拳』がそれだ。ブルース・リーは1910頃の上海租界を舞台に、わがもの顔に振る舞う日本人とその武道を打ち砕き、中国人としての誇りを貫く若き武闘家チェンを演じている。前作では顔見せ程度だったノラ・ミヤオが恋人役で助演し、二人のキス・シーンもある。この映画の原題ともなっている「精武門」とはホ・ユエン・チャという実在の高名な武術家が創設した道場であり、彼は試合の遺恨から日本人に毒殺されたという説がある。この説自体は疑わしいようだが、そこに後の大日本帝国による中国侵略の歴史が重なり、民衆感情が反映されて徹底した抗日映画に仕上がっている。ただ、その分だけ物語の陰影が乏しくなったことも否めない。またこの作品に東映ヤクザ映画の趣を感じるのは、たぶん勝手な思いこみではないだろう。
それはともかく、ブルース・リーのアクション・スタイルがはっきりと確立されるのはこの作品からだ。最初の見せ場は、中国人とその武術を侮辱した日本道場へひとりで殴りこむ場面だ。ここでブルース・リーは、やがて彼の代名詞ともなる例の奇声を発して気合いをみなぎらせる。怪鳥音と呼ばれるこの独特の奇声は、前作ではまだ意識されていなかったものだ。(ただし、最近借りた『ドラゴン危機一髪』のビデオには明らかに編集で不自然な怪鳥音がつけ加えられていた)チェンは大勢の敵を次々になぎ倒し、道場の師範と対決して叩きのめすのだが、ここでは後に世界的なブームとなるヌンチャクの華麗な技も初めて披露されている。
やがて恩師の毒殺の真相をつかんだチェンは、手を汚した料理番や日本人べったりの通訳を殺して警察に追われる身となりながら、首謀者を倒すために再び日本道場に乗りこむ。その間に彼は車夫、老新聞売り、電話の修理工などに変装して情報を探るのだが、これは片岡千恵蔵の多羅尾伴内シリーズを思い出させる。日本道場では再び師範と対決するが、チェンは一瞬の蹴りで刀を跳ね上げると、相手を押さえこんで落ちてきた刀をその背中から心臓に突き立てる。また怪力のロシア人格闘家と相対したとき、チェンの両腕が素早い動きで千手観音のように何本にも見え、ゆるやかな孤を描いて相手を誘うシーンがあるが、あれはどう見ても眠狂四郎の円月殺法だ。最後に空中戦で道場主の鈴木にとどめを刺して復讐を果たすチェンだが、静かに気を吐き出したその表情は決して晴れやかではなく、どこか空しそうだ。
道場に戻ったチェンは精武門を守るために自首を決意するが、表には銃口の列が待ちかまえている。奇声を発しながらその列に向かって跳び蹴りするチェンの姿がストップモーションになり、銃声がいくつも鳴り響いて映画は終わる。このラストシーンは『明日に向かって撃て』を意識していると思うが、ともかくこの抗日のヒーローとしての悲劇的な姿は、ブルース・リーの人気をさらに高めることになった。
映画の原題にドラゴン=龍という言葉が入るのは第3作『ドラゴンへの道』からで、主人公のタン・ロンという名前も唐龍、つまり中国の龍という意味を持っている。ブルース・リーが死んでから編集された『死亡遊戯』と『死亡の塔』をのぞけば、日本ではこれが最後に公開された作品だ。ブルース・リーはこの映画で脚本と監督も兼任し、撮影は西本 正という日本人が担当している。
まずタイトル・バックがしゃれている。龍を型どった黄金の船が海の上を進むアニメが描かれ、ちょっと西部劇風の、いかにもこれから戦いの場に向かうといった感じのテーマ曲が流れる。劇場で初めて見たときは、期待感から思わずゾクゾクした覚えがある。ストーリーはいたって単純だ。ノラ・ミヤオ演じるチンホワは死んだ父の跡を継ぎ、ローマで中華料理店を営んでいる。ところが地元のマフィアに土地を狙われ、オカマの華僑とゴロツキどもから嫌がらせを受けている。これは日活アクションでさんざん使われたパターンだ。彼女は香港の親戚に助けを求めるが、有能な弁護士の代わりにやって来たのは世間知らずのタン・ロンという田舎者だ。何の役にも立ちそうにない彼を見て、チンホワはがっかりする。後半のカタルシスに向けて弓を引き絞るように、このあたりでのブルース・リーは三枚目に徹している。
『ドラゴンへの道(THE WAY OF THE DRAGON)』
主演のみならず、監督・脚本・音楽をブルース・リー自らが担当。ローマの古代遺跡コロシウムで撮影された、チャック・ノリスとの激闘シーンは大迫力の見せ場だ。ダブル・ヌンチャクやカラテの妙技は、見るものを圧巻させる。
店の従業員は空手の練習をしているが、ゴロツキとの実戦では何の役にも立たない。ところがタンはあざやかなカンフーで、連中をあっさり追い払ってしまう。この一連のシーンではまるで演武を見るように、ブルース・リーの技と魅力が存分に楽しめる。またダブル・ヌンチャクの妙技や棒術も見どころのひとつだ。拳銃も殺し屋も撃退したタンに対して、マフィアのボスは空手の使い手たちを刺客として呼びよせるが、ここでも日本人の空手家は矮小に描かれている。
一方、コロシウムでのチャック・ノリスとの格闘シーンは映画史に残る名場面のひとつだろう。何しろ相手を演じるのは現役の全米空手チャンピオンなのだ。西欧支配の発祥地のひとつとも言える古代ローマの闘技場で、小柄な中国の龍が毛むくじゃらの白人空手家をカンフーで叩きのめす。おそらくブルース・リーはこれが撮りたくて、ローマを舞台に選んだに違いない。最初は相手が優勢だ。するとタン・ロンはボクシングのように軽やかなフットワークを使い、間合いを測りながら相手の攻撃をかわして次々に蹴りやパンチを放ち、次第に優位に立つ。ダメージを受けながらも最後の力をふりしぼって立ち向かう相手を、タン・ロンは脇に抱えこむとその首を折ってとどめを刺す。その遺体に空手着をかけてやる彼の表情には、暗い悲しみが浮かんでいる。
こうしてブルース・リーの主演作をたどると、その筋立てにはしばしば日活アクションや東映ヤクザ映画のエッセンスが透けて見える。ただしそれは単なる模倣ではなくて、'70年代初頭に終わりを告げた日本アクション映画の黄金時代のスタイルが、香港映画に影響を与え、受け継がれていたということだ。ブルース・リーはそうした土壌に閃光のように現れ、本格的なカンフー映画という、まったく新しい娯楽アクションの世界を切り開いたのだ。そして彼はこの三本の作品でアジアという枠を超えたスーパー・スターとなり、念願のハリウッド映画で主役を演じることになる。言うまでもなくそれはワーナーとの合作『燃えよドラゴン』だ。この映画については書きたいことが山ほどあるが、今回はひとまずここまで。アチョーッ!
TEXT/世良利和
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